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兄弟。 [わたし、家族。]

私自身、
兄と弟がいる。
3人兄弟だ.

大学に入ったら、一人暮らしをしたら、ぜったいやってやるんだ!





ポテトチップスの一袋。
誰とも分けないで、一人で全部たべてやる!

レディーボーデンのアイスクリーム。
誰とも分けないで、一人で全部食べてやる!


って、思っておりました.
大学はいって、
ちゃんと、達成しました。

いつもいつも、半分こ。
っていうか、3分の一。



いつも小さい頃、嫌だった『みんなで食べましょう。』
とか、『みんなで』って。

でも、こうやって子供が二人。

分けるって、いいじゃない!
分けられるって、すてきじゃない!って

思えてしまっている自分がいる.



芽衣が生まれてすぐは、
今まで康生に精一杯注いでいた愛情が、半分こで、薄れてしまっているようで、
時間を精一杯過ごせなくって、なんだかとっても申し訳ないとおもっていた。

康生がかわいそうな気がした。
我慢させているような気がしした。

でも、


半分こ、っていいじゃない。
倍になったんだから.

私も、
和風アメリカ人も、

与える愛を、
2人分、いっぱい作らなくっちゃいけなくなって。
とっても大変で、とってもしあわせ。
愛がとっても大きく増えたから.
与える人数が増えたから.

ちょっと、らっきー。


十分?
アイスクリームは、半分こして食べてね.
ポテトチップスも、半分こ。

でも、愛はちゃんとひとりづつ。
違う種類の、でも、おーっきいやつ。

一人に、一つ。

わたしの、兄よ、弟よ。

きみら、どうしているかねえ.

康生を、芽衣をみていて、
とってもあいたくなる、
自分の兄弟に。


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くちぐせ [わたし、家族。]

だいじょうぶ。

私のくちぐせ。

だいじょうぶ。



私の父は、私が小さいときからいつもいつも、いろんなことをやってみせた。
たとえば、
『たべないでください』
なんて注意書きがしてある、フェルトペン。
私たち兄弟は、『死んじゃう』っておもっていた。

そこで、父登場。
なめてみる。

私たち兄弟、絶句。

『ひゃー、パパ死んじゃう!』

『だいじょうぶだ』


何でもかんでも、父は試してみる人。やってみる人。怖くない人。
失敗しても、『だいじょうぶだ』
悲しくても『だいじょうぶだ』
転んでも『だいじょうぶだ』
試験に落ちでも『だいじょうぶだ』

泣くときは、両親が死ぬときだけ、とよく父はいっていた。

『だいじょうぶだ』


とっても、だいじょうぶになる。
とっても、だいじょうぶだ。





あるあさ、私はシャワーを浴びていたら、康生もメイも起きてしまった.
メイが泣いている。
シャワーから急いで出てみると、泣いているメイの横で、康生。
『だいぶじゅよー』



康生ヴァージョン『だいじょうぶ』
妹が泣いて、兄がいう。
『だいぶじゅよ』

すごく『だいじょうぶ』な気がして、なんだかとっても『だいじょうぶ』だったので、

シャワーにもどって、
大泣きした.


父の『だいじょうぶ』
が、
私の『だいじょうぶ』
になって、
康生に『だいぶじゅ』
となったら、
メイが『だいじょうぶ』
だった。



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子育てをして、初めて思うこと. [わたし、家族。]

芽衣が生まれるとき、両親が日本から手伝いにきていた.

私は今まで、アメリカで不憫を感じたり、
怖いと思ったこともあまり無く、生活している。
だいたいのことは自分でやれるし、初めてのこともとりあえず、
飛び込んでいって、やってみるほうだ。
友達も少なくはないし、案外自分でもよくやってるよ、思うくらい、
毎日出かけていっては、何かやっている.
気になってわからないことなどは、すぐに解決するように心がけてもいる。

日本から来た父が、康生とあそんだ。

1ヶ月半、とことん、康生と遊んでいた.

『精一杯遊ばせてやるんだ』

そういって、64歳になった父は、3歳になる康生を
毎日朝8時から、夜の9じまで、
とことん、つきあってくれた。

バスケットゴールへ行っては、康生を肩まで持ち上げて、シュートさせてやった。
川へ行っては、とびこんだ。
公園では英語のはなせない父に、友達がいっぱいできた.
あつすぎる日は、室内で柔道、たいそう、ダンス、積み木、野球、何でもやった。
プールにもいった。
夜、涼しくなってからは散歩に出かけ、川沿いを歩き、森までいって写真をとったりした。

康生は毎日、くったくたになって、そして幸せそうにぐっすりと眠った.








私もそうだ。
くったくたになるまで、毎日康生と遊んでいる。
遊び方が、父が康生にするそれと全くおなじなんだ、と気がつく。




私は怖がらない。
何も怖いことがないからだ。

父が、私たちが小さいときもそうしたのだろう。
たくさんのことに、向かっていって、チャレンジして、精いっぱいやって、
『自分はできるんだ』ということを知るために、何度も何度も繰り返し、失敗してまた立ち上がってチャレンジした。

私はおもちゃで遊んだ記憶がない.
だから康生にもおもちゃを買わない.(周りがみんな買ってくれるから、買わなくてもいいというのもありますが)

覚えているのは、何度も何度もせがんで読んでもらったお気に入りの『絵本』と、
『つみき』だけ。

そしていつも外にいた.
そとであそんだ。
友達がいつもいて、はしっていた。

いろんなことを挑戦し、
いろんなことを学び、
とてつもない量の選択肢を与えられ、
自分たちで選択してきた.
そして、いつもどの環境でも。順応してきたように思える。
常に好奇心のアンテナを全開にして、
いつでもどこでもすべてをキャッチできるように。

いま、康生を見ていて思う。
与えてやろう。
好奇心をくすぐられる時間を、場所を。それを失わないように。
『自分はできるんだ』という自信を持てるだけの、失敗する機会も、失敗したら選んでゆける選択肢も。

父に、母にそうして育てられたことを、感謝できる機会を持てて、本当によかったと思う。
康生を育てていて、思うこと。

子育てをして、初めて思うこと、
気づかされること、わかること、

親に感謝すること。



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じじにあいたいです. [わたし、家族。]

お久しぶりの康生です。

メイちゃんが産まれるときに、日本から
じじとばばがきてくれていました.

僕は毎日楽しかったですよ。

だって、僕と精一杯遊んでくれるのが、じじ。

いすの下をボールが転がっています。『トンネル野球』です。

囲われていますが、『ゴルフ』です。

じじは、写真をやるんです。
毎日撮影に、僕も助手として、頑張りました。

え?ちょっと撮影の方向が、あちこちにむいちゃってるじゃないかって?
いいんです。
とりたいものをとるんです。


じじとばばがきてくれていたおかげで、
言葉は全部、日本語になりました.
自分でパンツもシャツもきれるようになりました.
靴だって、はけるよ。

楽しいもの。

じじは、『精一杯遊ぶ』のが、モットーだそうで。


くったくたになるまで、毎日毎日康生は楽しく遊びました.

一ヶ月半の楽しい生活をおえ、じじとばばは帰国してしまいましたが、
康生は未だにじじを恋しがり、ゲストルームを(じじとばばが泊まっていた部屋)を、
『じじのへや』と呼んで、日本語のビデオを見るときは、じじがしていた通りに、
ベッドにはいり、布団を膝までかけ、枕を背もたれにして、みています。
小さい、じじです。



来年また、できたらメイちゃんつれて、日本にじじにあいにいこうね.


康生、じじ、大好き。
こうやって血が、つながり、
DNAがうけつがれてゆくんだよ、と、しみじみ思ったりしたお母さんです。


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家族って、にるものですの。 [わたし、家族。]

私は、康生を育てていて、
いつも思っていた。

『なんだか、弟と一緒にいるみたいだ』
と。

常々思っていた。

日本に康生を連れてかえったその夏に、
康生と実の弟はまるでずーっと一緒にいた親友のように、遊んだ.

なんだ?
血がつながっているぞ。

こんな風に、ねっころがって、空を見つめていたのも、
康生と、弟。

その弟が、ブログをはじめました。
ぜひぜひ、
将来の康生みたいなこの、弟。

みてやってください.
笑えます。

この、康生あって、この弟です。

http://blog.so-net.ne.jp/yamakakedonburi/

わらえます。
彼は何をしているんだか。
康生も将来、こうなるはず。


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